小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
第二章「はじめてのマッチングアプリ」
会議が終わると私は席に戻り、残っていた仕事を済ませて家路についた。今日は作りおきのラタトゥイユにパスタで済ませる。洗い物をさっと終わらせるとベッドに寝転がって、スマートフォンをチェックする。
そういえば、新堂さんから「マッチングアプリを触っておけ」って言われていたな。とりあえず、ダウンロードくらいはしておくか。私は新堂さんからもらったリストを眺める。
アプリには有料のものと、女性は無料のもの、男性も無料のものがあるようだ。この場合の費用は会社が負担してくれるのだろうか。まあいい。とりあえず、無料の奴にしておこう。私は聞いたことがあるもので、登録が簡単そうなのを選んでダウンロードした。
ふむふむ。まずは年齢とプロフィールを入れるんだな。三十二歳、百六十八センチと。そこまで真面目にやるつもりはない。あとは適当に入力する。それに写真か。残念ながら、私は自分の写真を撮る趣味はない。
とはいえ、今からこのためだけに撮るのも気が乗らない。どうしようか。私はスマートフォンに入っている画像ファイルをチェックする。
一覧を流し見していると、ある作品のキャラクターに目が止まった。それは真っ白で、動物を模したマスコットのようなフォルムをしている。それでいて、ツンとしたクールな性格というギャップがたまらない。作品自体はマイナーだが、私のお気に入りだ。
そうだな、これにしておこう。入力するべきものを全て終えると画面が変わる。
じゃあ、登録している男性をチェックしていくか。随分と沢山の男性が登録しているみたいだ。この人数をひとつひとつチェックしないといけないのだとしたら気が滅入る。もう少し手軽に出来ないだろうか。そう思って操作しているとどうやらランダムに相手を表示する機能があるようだ。まずはこちらを使ってみよう。
最初に面白い顔の写真を使っているアカウントが出てきた。ふむ。この人が面白さを意識しているのはわかるが、あまり美しいものでもない。大体、普通の顔の写真がないのではただの変な人にしか見えないではないか。却下。
次の写真は普通だ。なかなかの好青年と言っても良いだろう。しかし、プロフィールを読んでいると三十五歳以上、太った人不可と書いてある。それ以外にもいくつもダメな相手のリストが並んでいる。自分の趣味嗜好があるのは仕方がないことだが、よりにもよって嫌なリストを人に見せる気がしれない。このリスト見て’素敵な人だな’と感じる人がいるとでも思っているんだろうか。少なくとも私は感じない。
せめて、こういう人が好きですというリストにすれば良いのに。年齢だって、’歳が近い人だと話しやすいです’くらいの表現ではいけないのか。その方がよっぽど印象が良い。却下。
私のことを’気に入っている人がいる’との通知が出たので、確認したところ、中年くらいの男性だった。とりあえずこちらも’気になる’を選ぶとメッセージが送られてきた。どうやらお互いに興味があって、初めてやり取りが出来る仕組みになっているようだ。受け入れなければ面倒な相手に付きまとわれないのは嬉しい設計だ。
で、どんなメッセージだろうか。チェックしてみると画像データが添付されている。肌色が見えた。即ブロックだ。
こうして見てみるといろいろな人が集まっていることがよくわかる。出来れば検索機能などあると助かるのだが、このアプリにはないようだ。しかし、あまりに条件ばかりで選ぶのも視野が狭くなってしまう気がする。
閲覧をしながらどういう仕様が良いのかを考えていると、再びお気に入りの通知が来た。
さっきのことを思い出して、一応プロフィールを見ると今回の相手は私と同じくらいの年頃だった。アップされている写真の見た目はいかにもチャラい。しかし、書いてあることを読むとシンプルにまとまっていて真面目な印象だ。これだったら多分同じような目には合わないだろう。そうと思って、了承するとメッセージが返って来た。
「こんばんは。そのキャラクター、◯◯の奴ですよね」
キャラクターを見て、どの作品に出ているかまでわかっているとはなかなか見所がある男だ。返事をしてみるか。
「そうですよ。よくご存知ですね」
「やっぱり。オレ、◯◯好きなんですよ。□□のエピソードとか良いですよね」
なんと!そのエピソードを選ぶとはお目が高いな。地味な話だが私も好きだ。ちょっと検索して答えている’にわか’ではなさそうだ。
思わぬ共通の話題があったこともあり、彼との話は思いの外盛り上がってしまった。気が付いたら随分と遅い時間だ。私は彼との話を切り上げるためにメッセージを送る。
「今日はお話できて楽しかったです。時間も遅くなってしまったので、この辺りにしておきましょうか」
「そうですね。オレも楽しかったです。予定が合う時にお茶でもしましょうよ」
「そうですね」私は社交辞令のつもりで返事をする。
「ちなみに、お茶するとしたらどの辺りが出やすいですか」
「△△の辺りですかね」
「オレもその辺りだと出やすいです。ダメ元で聞きますけど、明日とか急過ぎですかね」
明日は特に予定がない。しかし、今日知り合ったばかりの男と会うのは抵抗感がある。相手も’ダメ元’と言っていることだし、断ろうか。そう思っていたが蒔田が’会ってみるのも情報収集として重要’だと言っていたことを思い出した。
それに、私の記憶が確かならば新堂さんは私が’会わない’だか’会えない’だが抜かしていた気がする。私は人の予想を越えるのが好きだ。ここで会っておけば、新堂さんの鼻をあかせそう……、いや喜んでもらえそうだ。昼間に人目があるところを選べば危険も少ないだろう。
「昼間の十四時くらいだったらいいですよ。後に予定があるので、一時間くらいで良ければ」
念には念を入れて、いつでも帰れるような予防線を張っておこう。
「わかりました。じゃあ、十四時でお願いします。オレはケイって言います」
「私はリョウコです。よろしくお願いします」
そう打つと私はアプリを閉じた。
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