小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
第一章「アプリで愛は見つかるか?」
「真実の愛、見つかります」
そんな訳ないだろう。もしそれが本当だったら、誰も苦労しない。こんな広告だって必要ないハズだ。私は調べものの邪魔をするネット広告に心の中で悪態をつく。
まったく。集中力が削がれた。椅子の背もたれに体重を預けて、私はふと時計をチラっと見る。十七時を既に回っている。今日は金曜日。今の仕事の状況なら、定時で帰れるハズだ。よーし、さて週末は何をしようか。私は鼻唄混じりにキーボードを打つ。心なしかキーが軽い。
だが、せっかく盛り上がった気分に水を差すように「長谷部―」と私を呼ぶ声がした。マネージャーの新堂さんだ。こんな時間に呼ばれるなんて嫌な予感しかしない。
厄介ごとを押し付けられたらたまらない。ヘッドセットで’聞こえなかった’というアリバイを作って、私は無視を決め込んだ。急ぎの用事でなければ、諦めてくれるだろう。
音楽を聴きながら作業を続けていると誰かが私の肩を叩く。顔を上げると業務アシスタントの相模さんだ。
「怜子ちゃん、誠くんが席まで来るようにって」
誠くん?ああ、新堂さんのことか。二人は同期で、相模さんは新堂さんを名前で呼ぶ。耳慣れないので一瞬誰のことかわからなかった。
それにしても、新堂さんめ。私のお姉さん的存在である相模さんを使ってくるとは。行かない訳にはいかないじゃないか。こんな風に断れない状況を作ってきたということは、つまり面倒くさい用事なのは確定だ。
仕方ないな。私は音楽を止めて、ヘッドセットを外すと新堂さんの席まで行く。机は資料やら私物でごった返していた。だが、フォトフレームの前だけは綺麗にしてある。映されているのは新堂さんの娘、愛理ちゃんだ。新しい写真になっている。離婚をしてからあまり会えていないらしいが、この様子だと最近会えたのだろう。それにしても大きくなったな。四年前、まだ結婚していた頃に社内イベントへ連れて来たことがあったが、その時は幼稚園児だったハズだ。
「新堂さん」
私が声をかけると、新堂さんが作業の手を止めて私の方を向く。
「長谷部、呼んでんだからちゃんと来いよな。五分後に第三ミーティングルームだ」
新堂さんはタバコの匂いをさせている。今日は無精ヒゲにサンダルで、いかにもIT系の社内開発担当といった格好だ。
「わかりました」
私は諦めて返事をした。一度席へ戻り、ミーティングのための準備をする。今、開発しているアプリで何か問題が発生したんだろうか。だとしても、今日は話を聞くだけにして、実際の対応は来週まで待ってもらいたいものだな。
そう思いながら、私は社内に五つあるうちで一番大きいミーティングルームへ向かう。
部屋に入ると御手洗伸也と蒔田菜摘がいた。二人とも二十代半ばと若いながらも優秀だ。ということは、新堂さんの要件はやっぱり面倒な案件なのだろう。でも、御手洗は営業で蒔田は企画系だ。エンジニアの私を呼んだということは技術案件かと思っていたが、そうでもないようだ。
「新堂さん、今日はどんな要件なんですか」
御手洗が尋ねる。流石、営業。率先して動いてくれるので助かる。
「ああ、今日集まってもらったのは、新規案件のためだ」
新堂さんはそう言うと缶コーヒーに口をつける。
「どういう案件なんですか」蒔田が新堂さんに説明を促す。
「マッチングアプリだ」
「マッチングアプリ!?出会い系ですか」
私はつい声が大きくなってしまった。他の二人も驚いているようだ。
「出会い系じゃねえよ。マッチングアプリ」
「何が違うんですか」
「そうだな。出会い系は登録するだけで使えるから遊び目的のユーザーが混ざりやすい。けれども、マッチングアプリは実名のSNSと連動させたり、個人認証がしっかりしてるんだ。だから、婚活目的の真面目なユーザーが比較的集まる。年齢層は二十代後半から三十代が多いな。最近はアプリがきっかけで結婚するカップルも増えてるんだぞ」
「それにしても・・・・・・」
新堂さんは、ばつの悪そうな顔をしながらも、その反応は想定内といった感じで続ける。
「社長の発案だ。それなりに市場も成熟してきたから、参入余地があるのか知りたいんだと」
少数とはいえ、部署を越えて人を集めているからそれなりに上の方が動いているとは思った。けれども社長だとは。一代でこの会社を大きくしただけあって、突然変なことを言う人ではあったが、相変わらずのようだ。
「社長の発案なら仕方ないですね。どう進めましょうか」御手洗が尋ねる。
「とりあえず各人他社のマッチングアプリをインストールして、使ってみてほしい。これがアプリのリストだ」
新堂さんが全員にメモを渡す。十くらいのアプリ名と、その特徴が簡単に書かれている。
「で、実際にアプリでやり取りしてみてくれ。ユーザーの観点からどういう機能を付けたら良いか考えたい」
なるほど。だから、御手洗と蒔田を選んだ訳か。御手洗は小動物っぽい愛嬌があって、社内でも女性からの人気は高い。蒔田もそのゆるふわな見た目と人当たりの良さから社内の未婚男性の注目の的だ。マッチングしやすい人材の方が情報も集めやすいだろう。
「じゃあ、御手洗と蒔田に情報をまとめてもらって、私と新堂さんで仕様をまとめるということですね」私は新堂さんに今後の進め方を確認した。
「長谷部、何を言ってるんだ。お前もアプリでやり取りするんだよ」
「またまた。つまらないご冗談をおっしゃいますね」
「冗談じゃねぇよ。お前もアプリをやるの」
「私、三次元の男に興味ないですよ」私は鼻で笑う。
「知ってるよ!でも、ユーザーの中にはお前みたいに恋愛に疎い層もいるだろ。そういう人たちが何を欲しているのかも知りたいの」
新堂さんの声のボリュームが大きくなった。何をイライラしているんだろうか、この人は。
「ふむ。とりあえず、毎日ログインボーナスはもらいたいところですね」
「それ、ゲームアプリの話だろ。まあ、それは面白いかもしれないな」
新堂さんはスマートフォンを取り出した。アプリでメモを取るのだろう。
「長谷部はメガネを外して、ひっつめてる髪をおろせば画像だけだったらそれなりにいけると思うぜ。それにお前、良いもの持ってるよ」新堂さんの目線を私の胸元に感じる。
「ありがとうございます。次、お会いするのは法廷ですかね?」私はにっこりと微笑み返す。
「いやいやいや。すまん、俺が悪かった。今、仕事をクビになると愛理に養育費が払えなくなる。あいつにはこれ以上、迷惑をかけたくないんだ。許してくれ」
愛理ちゃんは新堂さんの遺伝子が入っているとは思えないくらいしっかりした良い子だった。あの子が悲しむのは忍びない。
「わかりました。今回は愛理ちゃんに免じて許しますが、次はないと思ってくださいね」
「ああ」
新堂さんは何故か肩を落とす。どうやらお疲れのようだ。管理職とは大変だな。
「とりあえず来週の同じ時間にまたミーティングをするから、それまでに試しておいてほしい」
「はい」
御手洗と蒔田は素直に答える。気は進まないが、私も調子を合わせておいた。
「ところで、やり取りした相手とは実際に会ってみてもいいですかね」
蒔田は周りの様子を見ながら、おずおずと新堂さんに伺いを立てる。
「ん、どうしてだ?」
「周りの友だちでマッチングアプリを使っている子がいるんですけど、’実際には出会った後が大切’って聞くんですよ」
「ふーん」
「だから、アプリは出会った後も見据えてデザインした方が満足度の高いものが出来ると思うんです。そのためには、実際に会うのも必要かと」
「なるほどな。わかった。その辺りはお前らの判断に任せる」
「会うことによるトラブルは想定しないんですか」私は新堂さんに尋ねた。
「そうだな。もちろん危機管理はきちんとして欲しい。まあ、長谷部は心配ないだろ」
その言い草は私のことをバカにするように聞こえたが、それは気のせいだろうか。
「それはどういう意味ですか」私は間髪を入れずにつっこむ。
「だって、お前会わないだろ」
私の反応に新堂さんは危険を察知したようだ。少し焦っているように見える。
「何故、そう思うんですか」返答次第では只ではおかない。
「くっ、そうだ。お前、さっき自分で三次元に興味がないって言ってたよな。だからだよ。じゃあ、今日は解散」
新堂さんは上手い逃げ道をみつけたようだ。獲物を取り逃した私は心の中で舌打ちをした。
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