小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
自分にはどんな人が合うんだろう。誰とパートナーになれば、幸せになれるんだろう。「他人は自分の鏡」と言います。マッチングアプリで人と会うということはそれを知る旅なのかもしれません。
第九章「自分に合う人ってどんな人?」
アナウンスが聞こえて、私は読んでいた本から目を上げる。見慣れた風景だ。そろそろ降りる準備をしなくては。
私は本をカバンにしまい、窓の外を眺める。電車が川を通り過ぎていった。その光景を見て、’帰ってきた’と実感できるのが好きだ。さて、今日の晩ごはんはどうしようか。考えているうちに電車は駅に着く。
家までの道は、昔からある街道だからなのだろう。趣のあるお店が立ち並んでいる。とはいえ、この時間はコンビニくらいしか開いていないのだが。そうだ、牛乳が切れていたんだった。私はコンビニに入る。
牛乳を手に取ると、習慣的に雑誌コーナーへ向かう。ラックを眺めていると私の好きなマンガの新刊が置いてあった。本当は本屋で買いたい。だが、早く読みたい。仕方ないか。いつも買っている雑誌と一緒にレジで会計を済ませた。
マンションの部屋にたどり着き、ドアを開けると真っ暗な部屋だ。電気を点けて、カバンを置くと楽な格好に着替える。
さて、晩ごはんはどうしようか。うーん、今日は時間も遅いから軽めにしておくか。私は春雨を熱湯でもどすと、中華スープに卵、切ったネギを入れる。木のスプーンですくって、味見をする。うん、美味しく出来た。
食事をしながら、雑誌をパラパラめくる。今週号は「愛され女子」特集らしい。恋愛か。考えてみればこれまで私は自分から主体的に相手のことを好きになったことがない。今まで付き合ってきた相手も向こうからのアプローチがきっかけだ。
でも、私はマイペース過ぎるようだ。何か夢中になると恋人を放置してしまい、気が付いたら自然消滅というパターンが多い。多分、いわゆる彼氏彼女の関係を求めている男性とは合わないのだろう。じゃあ、もし結婚するとしたならばどういう相手が自分にピッタリなのだろうか。
マイペース過ぎるから上手くいかないのだとしたら、お互いに趣味があって、それを尊重できる相手が良いのかもしれない。各々やりたいことがあれば、会わない時期が続いても関係を維持出来る気がする。
それにきちんと話し合いが出来る相手の方が良さそうだ。固定観念的な役割や行動を’わかるだろう’とばかりに求められても、残念ながら私には対応能力がないという自信がある。だから、しっかりと言葉にして欲しい。そう考えると対等な付き合いが出来る友だちの延長線上みたいな関係の方が良さそうだ。
あとは話していて疲れない方がいい。それは、マッチングアプリをしていて特に思う。興味や関心がズレていても最初は何とかやり取りを続けられる。だが、すぐに話題が尽きてしまうのだ。それを表面的な話題で取り繕っていても結局自然消滅していってしまう。だから、興味の方向性が似ていて、意識しなくても話が続けられる相手の方が合っている気がする。
そういう意味では、最近アプリでやり取りをしている『マコトさん』は丁度いい感じだ。’顔写真が出ていないから福引き’と思ってメッセージを送ったが、どうやら当たりだったようだ。マコトさんもシステムエンジニアをしていて、話が合う。そうだ、今日も返信が来ているだろうから、アプリをチェックしなくては。
起動をしてみると、マコトさんからのメッセージが来ていた。どうやら担当している新規案件に進捗があったみたいだ。
「マコトさん、お疲れ様です。新規案件、進捗したみたいで良かったですね」
続いて何を打とうか考えていると彼から返事が返ってきた。
「リョウコさん、お疲れ様です。いやぁ、なんとか形になってきましたよ」
「それは良かったですね。苦労されてる感じでしたから」
「ですね。普段はあまり興味がない分野だったんで、最初はどうなることかと途方にくれちゃいましたよ。たまたま詳しい人が見つかって本当に助かりました」
「普段の行いがいいんじゃないですか」
「そうだといいけど。まあ、その人は後輩が見つけてきてくれたんですけれどね」
「以前から話題の上司を振り回す後輩さんですか」
「ええ。俺の方が上なのに、何かといじってくるんですよ」
「そうなんですか。後輩さん、マコトさんが大人だからじゃれているだけなんじゃないですかね」
「向こうはじゃれているつもりかもしれませんが、こっちは傷つくこともあるんですけどね。とはいえ、優秀な奴だから活躍する場所は準備してやりたいです。物の言い方で誤解されやすいけれど、良いものは持ってるんで」
ふむ。同じ年代の新堂さんにも聞かせたいセリフだ。
「いい先輩ですね」
「アイツもそう思ってくれるといいんだけど。リョウコさんの大人っぽさを見習って欲しいです」
「そんな。私も会ってみたら違うかもしれませんよ」
「またまた。じゃあ、確認のために会いましょうか」
私も会っていいかなと思っていたので誘ってくれてちょうどよかった。
「いいですね。案件が落ち着いたお祝いも兼ねて、ごはんでもしましょうよ」
「やった。直近は忙しいんですけれど、月末くらいには一度落ち着くと思うんでその辺りにごはんでもいかがですか」
私はスケジュールアプリで予定を確認してみる。月末だったらマッチングアプリのプレゼンテーションも終わっているだろう。上手くいけば来月からまた忙しくなるだろうから、そのタイミングはベストだ。
「私もちょうどその辺りが都合いいです」
「おっ、いいですね。じゃあ、行きましょう」
「わかりました。楽しみにしてます」
「俺も楽しみです」
「そういえば、今日○◯の新刊が出てたんで買っちゃいました」
「おおっ、もう発売日だったんですね。俺も明日買いに行こう。ちなみに、どうでしたか」
「私もまだ読んでないんですよ。でも、前巻のラストが気になる終わり方だったから期待してます」
「ですよね。でも、この作者さんはけっこうどんでん返しの展開がありますからね」
「本当に」
お互いの好きなシーンを語り合っていたらいい時間になってしまったので、食事の予定は後日確認する事にしてアプリを閉じた。
マコトさんは実際どんな人なんだろうか。私も人のことは言えないが、相変わらずはっきりと顔がわかる写真を載せていない。なので、話した感じしかわからないが優しい人であることは伝わる。それに、ここまで話をして疲れない相手も私にとっては珍しい。月末に会ってからのお楽しみだな。先の予定が待ち遠しいだなんて、子どもの時以来だろうか。
私は電気を消して、ベッドに入った。
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