小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
アプリで知り合った相手と話が盛り上がった。そのハズなのに、何故か会えない。返信が返って来なくて気になる。それを減らすためにどうしたらいいかをお伝えします。
第七章「出会うための進め方と連絡頻度問題」
スマートフォンがメッセージの受信を伝える。チェックをすると圭からだった。そろそろ会社に着くらしい。私は相模さんの席へ行く。ピシッと整理されていて、机の上にはお菓子の入れ物以外無駄なものがない。新堂さんとは大違いだ。
「相模さん、ちょっといいかな」
「あら、怜子ちゃん。いいわよ。あっ、そうだ。新作のチョコレートを仕入れたんだけど食べる?」
「えっ、食べる食べる」
「はい」
相模さんはお菓子入れから個包装されたチョコを取り出して、私に手渡してくれた。包装を開けて口にいれると、ほどよくビターな味が広がる。流石、相模さんのセレクションだ。
「これ、本当に美味しい」
「怜子ちゃんなら好きだと思った。で、何かしら?」
「三十分後のミーティング、アドバイザーが来るんだ。来たら第三会議室に通して欲しい」
「いつもの彼ね。わかったわ。でも、わざわざ席まで言いに来なくても、メッセージで良かったのに」
「もう一つ頼みたいことがあって。お客さん用にミネラルウォーターを用意してもらえないかな」
「いいわよ。お茶とかコーヒーじゃなくてミネラルウォーターがいいのね」
「ああ、この前のミーティングの時に自分で持って来てたから、こちらで準備しておいた方がいいと思って。ちなみに、出来れば◎◎社のヤツがいいんだが」
「んー、確か下のコンビニに置いてあったハズだから買っておくわ。それにしても、随分と気を使ってるのね」
「大切なアドバイザーだからな」
「んふふ、そう。じゃあ、準備しておくわね。それにしても、アドバイザーさん毎回手続きも面倒じゃない?新堂さん宛で申請書を出してもらえれば、来客用のパスを発行出来るわよ」
「そうなのか。だったらその方がいいな」
「わかった。ファイルを送って置くわね」
よし。これで準備万端だ。私が席に戻ると、早速相模さんからファイルが送られてきていた。忘れないうちに必要事項を記入して新堂さんに申請書を投げておく。
雑用を終えて、会議時間の前に相模さんの席へ寄ってからミーティングルームに行くと中では新堂さんと圭が話をしていた。
「怜子ちゃん、お疲れー」
圭は私が入ってきたことに気が付くと挨拶をした。
「お疲れ。そういえば、今日は事前に水を用意しておいたぞ」
私は相模さんに用意してもらっていたミネラルウォーターを圭に手渡す。
「マジで。怜子ちゃん、ありがとう。しかも、これオレがいつも飲んでるヤツじゃん」圭は笑顔で受け取る。
「準備してくれたのは相模さんだがな」
「そうかもしれないけど、オレは怜子ちゃんの心遣いがうれしいよ」
こうやって素直に感情を伝えられるとこちらも悪い気はしない。チャンスがあれば真似をしてみよう。
「そういえば、長谷部。さっきの大沢さんの来客手続きの件、対応しといたぞ」
「流石、新堂さん。仕事が早いですね」
「当たり前だろ」
「二人とも仕事できる感じだね」圭が’おー’っと言い出しそうな顔をしている。
「お疲れ様です。圭さん、もう来ていたんですね」御手洗がドアを開けて入ってきた。蒔田も一緒だ。
「みっくん、菜摘ちゃん、お疲れ」圭が答える。
「御手洗、圭のことを名前で呼ぶだなんて随分仲良くなったんだな」
「長谷部さんだって名前で呼んでるじゃないですか。この前の会議の後もいろいろ相談に乗ってもらってたんですよ」
「なんだと。プライベートレッスンということか。それはヤバいな」
蒔田は何も言わないが、悶えている様子なのを見ると、思いは同じようだ。
「ヤバいのはお前だ、長谷部。ミーティングはじめるぞ。じゃあ、御手洗から」新堂さんが流す。
「はい。圭さんのアドバイスもあって、女性とやり取りが続くようになったんですが、なかなか出会うまでいけないんですよね」
「そっか。ちなみに、どの辺りで止まっちゃう感じなのかな」圭が確認する。
「ごはんをする約束までは出来るんですが、日程を決める時点でおかしくなっちゃうことが多いですね」
「なるほど。まずひとつは簡単な方から。約束する前に場所を決めるようにするといいよ」
「場所ですか?」
「そう。’ごはんでもしようか’という話の流れになっても社交辞令かもしれないじゃん。そこで確度を高めるのに場所をまず決めちゃうの」
「どういう感じですか」御手洗は首をひねる。
「そうだね。ごはんの流れになったら’たとえばごはんするとしたらどの辺りが出やすい?’って聞いてみたらいいよ」
「そんなことで違いますか」
「うん、確率は上がると思うよ。人って一貫性を保とうとするからね。’どこが良い’って答えると相手にこちらの提案を受け入れる素地が作れるんだ。『イエス・セット』っていう心理テクニックの応用だよ」圭はペットボトルを取って、一口飲んだ。
「あとは、当然だけど日にちの提案をする時は三つくらい候補を上げた方が良いよ。一日だと、その日がダメな時に相手が諦めちゃうことがあるし、いつでも良いって言われると聞かれた方も決めにくいからさ」
「なるほど。それでも、日程が合わないって言われたら?」
「その時は基本的に深追いしない方がいいかな。まだ相手は会う準備が出来てないと思って、もう少し話をしてみて。待てば、またチャンスが来ることはあるから」
「うーん、待つってなかなか出来ないんですよね」
「そっか」
「返事もなかなか返ってこないと気になっちゃいます」
「ふーん、そんなもんか。私は全然気にならないぞ」私は口をはさむ。
「僕も今まではそういうタイプだと思ってました。でも、アプリって無視されてるのがわかるじゃないですか。そうすると気になっちゃうんですよ」
「そっか、みっくんは気になるタイプなんだね。ちなみに、相手からの返事がないと気になるタイプ、手を上げて」
圭が呼び掛けると御手洗、蒔田が手を上げた。
「逆に気にならないタイプは?」
手を上げたのは私と新堂さんだ。
「年齢の問題ですかね」蒔田が圭の顔をうかがう。
「違うね。四十代でも’返事がない’って怒る人はいるから。タイプの違いだよ」
「もう少し詳しく教えてください」御手洗は身体を圭の方に乗り出した。
「人には、大きく分けて親密さを大事にするタイプと自由を大事にするタイプがいるんだ」圭は御手洗と蒔田の方を向く。
「まず親密さを大事にするタイプは、恋人に安心感を求める。だから、相手から返事がないと不安を感じてしまう」今度は私と新堂さんの方を向く。
「自由を大事にするタイプは、自分で状況をコントロール出来ることを求める。だから、返事の頻度に意味を感じない」
「そうだな。別に連絡の頻度が遅いからといって愛情がない訳ではないぞ」私はうなずく。
「えっ?長谷部さん、そうなんですか」御手洗がびっくりした顔をする。
「ああ」
「じゃあ、長谷部さんに連絡してもいつも反応薄いのは僕のことに興味ない訳じゃないんですね」
「もちろん。三次元では、御手洗のことはむしろ好きな方だぞ」
私の後に圭は間髪を入れず続ける。
「こんな風に’連絡頻度’ってコミュニケーションパターンの違いもあるんだ。返事の速さと愛情は必ずしも関係ない」
「じゃあ、どうすればいいんですか」御手洗がたずねる。
「自分が返事をしやすい頻度で返事をするようにしたらいいよ。それで相手の対応をみて微調整していくんだ」
「それで上手くいきますかね」御手洗は納得できないようだ。
「もちろん仲良くなる段階ではある程度スパンを短くするのはテクニックだとは思うよ。でも、長く付き合いたいと思うならばコミュニケーションパターンは妥協できる限度の相手の方がいい」
圭はポケットからアメを取り出すと、口の中に入れる。
「だって、自分が毎日返事をするタイプじゃないのに、それにずっと合わせてたらいつか疲れちゃうだろ?」
「確かにずっとは無理かもしれません」
「でしょ。仲良くなったばかりの時には努力で合わせることが出来るかもしれないけどね。結局、信頼感だから」
「信頼感ですか」
「そう、信頼感。一ヶ月返事がなくても絶対に相手が返事をくれるって確信があるならば耐えられるものだよ」
「一ヶ月も空いて、’付き合ってる’って言えるんですか」
「そう思っちゃう時点でいくら好きでも、その相手とは付き合えないって思った方がいいよ。付き合えない相手に労力を使うってムダじゃない?」
「そうかもしれませんけど……」
御手洗は何か言いたそうだが、言葉にならないようだ。
「まあ、オレも元々は同じだったから気持ちはわかるよ。ちなみにみっくんはどのくらいの頻度で返事が欲しい?」
「出来れば二~三日に一回くらい。間が空いても一週間くらいにして欲しいですね」
「だったらやり取りをしていく中で、その範囲に連絡頻度をコントロールしてみたらいいよ。自分に付き合える相手だけが残るから。どうしても好きな相手だったら相手に合わせる努力するのも人生経験のうちだけどね」
「わかりました」御手洗は力なく答える。
「ふーん。そうすると、メッセージ頻度が似た相手同士が出会い易くするようにアルゴリズムを組んだ方が良いってことか」新堂さんがつぶやく。
「でも、それだとコミュニケーションが苦手なユーザー同士が出会って、話が全然盛り上がらない可能性も出てきちゃいますよね」蒔田がツッコミを入れる。
「そうだな。逆に挨拶メッセージを乱発しているようなユーザーがコミュニケーションが連絡頻度高めに分類されるパターンも出てくることもあるだろうからな」
「でも、条件のひとつとして参照するようにしておくのはいいんじゃないでしょうか。あと、一回辺りのメッセージの長さとかも条件に入れられないですかね」私はアイディアを付け加える。
「それは良いと思うよ。短文か長文かっていうのも人によって違いがあるからね」圭も賛成のようだ。
「なるほど、それは面白そうだな。メモっとく」
新堂さんは手元のスマートフォンを操作して、メモアプリに記録を付けた。
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