小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
‘優しい’って言われるのにモテない。女性って優しい男が好きなんじゃないの?そんな人はチェックしてみてください。いくつかあるうちのひとつの答えをお伝えします。
第六章「いい人=どうでもいい人?」
私は家に帰ると、レモンで味付けしたセロリとチキンのマリネと、少し火を通したニンジンにチリ風味のスナックをマヨネーズで和えたサラダで夕食を済ました。お気に入りのクラフトビールを片手にベッドで寝転がってスマートフォンを弄る。
そうだ。マッチングアプリもチェックしておこう。最初は仕事だから仕方なく触っていたが、毎日続けているとチェックが習慣になってしまうから恐ろしい。圭のプロフィールチェックもあって、それなりに男性からのアプローチはある。
とはいえ、私自身は恋人探しというよりは友だち探しのつもりで使っている。正直、ひとりで過ごすこと自体さみしいと感じる方ではない。だが、孤独死という単語を見かけると、将来歳をとった時に話を出来る相手を確保しておく必要はあるようには思う。
だが、既存の友だち関係もきちんとメンテナンスしておかないと減っていってしまう。例えば、この年になると結婚して子どもがいる友だちも少なくない。彼らとは生活の関心事がすれ違うこともあり、どうしても疎遠になってしまいがちだ。仕事関係で会う人とは仕事がなくなると、どうしても切れる傾向にある。学生時代の友だちとも、疎遠になるばかりだ。
一方で、大人になってから新しい友だちを探すというのはなかなか骨が折れる。特に私は積極的に外へ出るタイプではない。そういう意味で、マッチングアプリは手軽に相手を見つけるにはピッタリだ。もちろん恋人になれそうな相手が見つかれば良いが、そこまで期待している訳でもない。
こんな風に気軽だからだろうか。やり取り自体は楽しめている。この前知り合った男性からはオススメのマンガを教えてもらった。’話のネタにでも’と思い一冊買って読んでみたらハマってしまい、思わず全巻揃えてしまった。彼とは結局会わないままやり取りが止まっているが、いい出会いだった。
昨日、一緒に食事をしたグルメサイトを運営している会社の男性からは、良い飲食店の見つけ方や業界の裏側の話を聞くことが出来た。連れていってもらったサンマの専門店も話題性だけではなく、料理も美味しかった。彼とはまた別の店に食事へ行こうと約束している。
考えてみれば、どちらの男性もマッチングアプリがなかったら出会えなかっただろう。普通に生活していたら出会わなかった人たちは私の生活に新しい風を吹き込んでくれる。
それにマッチングアプリでどうしたら良いのか作戦を考えるのは面白い。現実世界では時間的にも出会いの数的にも難しいレベルのサンプルが手に入るのだ。だから、試行錯誤をしながら仮説を検証しやすい。そうやって、上手くいった時は不思議な達成感すらある。とはいえ、同じように感じる人はあまりいないようだ。多分、私の性格に合っているのだろう。
今日はどんな出会いがあるのだろうかと巡回していると、私はひとつのアカウントに目が止まる。『マコト』という名前に、ある作品のキャラクターの画像だけが載せてあるやる気が感じられないプロフィールだ。自己紹介に作成中とあるので、最近はじめたばかりなのだろう。私も圭に出会っていなかったらこんな感じだったのだろうか。そう思うと私はこの男性に妙な親近感を覚えた。圭のように’福引き’をしてみることでまた違った世界が開けるかもしれない。間接的だが圭への恩返しにもなるだろう。大体このキャラクターは私も好きだ。私は男性にメッセージを送ってみた。
そして、明日約束をしている男性にリマインドを送ると私はアプリを閉じた。
土曜日の駅は天気が良くて音であふれている。電気街だからだろうか。海外からのお客さんも多いようだ。人との待ち合わせでなければ、ちょっと見ていきたいお店がある。しかし、今日はひとまず我慢だ。待ち合わせをしている『俊雄さん』が見つけやすいようにアプリで私の服装を伝えておく。
駅の改札口をボーッと眺めていると男女が挨拶しているのが目に入る。お互いにぎこちなく敬語で話をしているのをみると、もしかしたら彼らもマッチングアプリで知り合った二人なのかもしれない。他にもいるのだろうかと見渡していると、不意に男性から声を掛けられる。
「怜子さん?ですかね」ベージュのシャツにジーンズの男性だ。
「はい。俊雄さんですか」
「そうです。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
そう言って俊雄さんの目を見る。すると、彼は微笑み返してきた。彼から今後の予定について何か提案を待ったが話し出す素振りはない。彼は受身なタイプなのだろう。
「俊雄さん、お昼ごはんは食べられましたか」
「いや、まだです」
「そうなんですか。私もまだなんですよ。じゃあ、ごはんにしましょうか」
「いいですね」
「この辺りのお店はご存知ですか」
「いやー。お店ってあんまり知らないんですよ」
そうか。駅の近くにある家電量販店の上層階に飲食店フロアがあったハズだ。あそこならば、どこか入れるところがあるだろう。
「わかりました。ちなみに、食べたいものとか何かありますか」
「特にないですね」
「逆に食べられないものは?」
「何でも食べられますよ」
一番困るヤツだ。特に希望がないならば私の入りたいお店にするか。
「実は前から行ってみたかったお粥のお店があるんですが、そこでもいいですかね」
「いいですよ」俊雄さんは変わらず笑顔だ。
私たちはお客さんでごったがえす家電量販店に着くと、エレベーターを待つ。店内と同じくエレベーターの中はぎゅうぎゅうだ。一瞬、エスカレーターで行こうかとも考えたが面倒なので我慢することにした。ランプが目的の階に到着したことを教えてくれたので、私は俊雄さんに「降りますよ」と告げる。
エレベーターを降りて、フロア図を頼りに目的の店を見つけた。お店は綺麗目なファミリーレストランといった感じだ。混雑する時間からずれていることもあって、空席がいくつかある。すぐに入れるだろう。
「ここでいいですかね」一応、確認する。
「いいですよ」俊雄さんは相変わらずのニコニコ顔だ。
私たちはオーダーを頼むと改めて挨拶をして、話をはじめた。俊雄さんとの話は弾んだ。しかし、それはあくまでも表面上だけだった。何を話しても’普通’以上の感想をひねり出すことが出来ないのだ。
話をしていて、彼が良い人なんだろうなとはわかる。でも、ただ’いい人’だった。空気のように違和感はないが、存在感もない。もし私が恋人募集だとしたら彼を選ぶ’理由’がないのだ。敢えてほめるとしたら’優しい人’といったところだろうか。でも、それは本当に優しいのではなく、それ以外言いようがないというヤツだ。
世の中の優しいけれどモテないという人はこういう男性のことを言うのだろうか。貴重なサンプルを見せて頂いたが、私も彼を選ぶ理由はない。食事が終わると、私は用事があると伝えて解散した。
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