小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
気になる相手とやり取りをはじめられたけれども、なかなか話が続かない。それは何故か?そんな時に役立つものは?やっぱり伝統的なことに意味はあるというお話。
第五章「会話を続けるために気をつけること」
「じゃあ、次に御手洗はどうだ?」新堂さんは御手洗に発言を促す。
「はい。この一週間触ってみたんですけど、なかなかやり取りが出来ないんですよね。それに、上手くつながっても話が続かないことが多いです」御手洗は自嘲気味に応える。
「マッチングアプリって男性の方が難易度高いよ。女性はマッチング機能使ってけっこうマッチするんだけど、男性はそうでもない。まずはプロフィールを整えることかな」圭のアドバイスに御手洗はうなずく。
「あとは、男性の方から積極的に話し掛けていった方が勝率は高いね。芸能人くらい格好良ければまた別だけど。まあ、みっくん格好いいから有利だよ」
御手洗も実際の出会いであればそれなりにモテそうな感じがするが、マッチングアプリだとそうでもないのか。男性にとっては厳しい世界のようだ。
「やっぱり男の方から行かないとダメですか」御手洗は深く息を吐く。
「そうだね。理想の相手と付き合いたければ自分から行った方がいいよ。そういう心理学の論文がアメリカでも出てる」圭は御手洗の肩に手を置く。
「だって選ばれる方だと、自分を選んでくれた中から選ばなきゃいけないでしょ。けれども、選ぶ方になれば、選択肢は無限大に増えるじゃん。最終的には選ぶ方が強いよ」そう言うと、圭は私と蒔田の方を見た。
「同じことは女性にも言えるよ。この国は男性からの行動を求められる傾向にある。だけど、より理想に近い相手を求めるんであれば、女性も動いた方がいい」
ふむ。日本人女性は’告白されたい’という願望が強いという記事を見たことがあるな。状況にもよるだろうが、’そういうものだ’という固定観念にとらわれていたらチャンスを失うことがあるかもしれない。
「ちなみに、みっくんって自分から告白したことないでしょ」
「確かにそうですけど……」御手洗は目を臥せる。
「それはみっくんがとても魅力的だからなんだけどね。生まれつき見た目が良くて、モテると会話術とかが疎かになりやすいんだ。アプリだとそこがネックになっちゃう」
「コミュニケーションって普通の恋愛でも大切ですもんね。違いってありますか」
「マッチングアプリでは’恋人が欲しい’って以外に共有するものが何もないってところかな。学校や職場が一緒だったら共通の話題のひとつくらいはあるものだけど、マッチングアプリだとそれは望めない」
「確かに何を話したら良いのかわからないことはあります」
「リアルの出会いだと共通の友だちに聞くとか、相手の情報を入手する手段が他にあるじゃん。でも、マッチングアプリだと一対一だからね。会話がどうやったら盛り上がるか意識する必要はあるよ」
「どうしたらいいんですかね」
「まず意味のない会話はしない。’おはよう’とか’おやすみ’、’お昼は◯◯を食べた’とかだけ送るのは禁止」
「どういうところがダメですか」
「これってある程度仲が良い相手向けの会話なんだ。だって、全然知らない人の日常なんて興味ないでしょ」
「まあ、そうですね」
「大切なのは興味が膨らむこと。たとえば、お昼ごはんの話だって今話題のお店で食べたとかだったら、いいんじゃない?あと、話のきっかけとして時期イベントの話題ってけっこう使えるよ」
「時期イベント?」
「年末年始、クリスマスとかゴールデンウィークに夏休み。時候の挨拶って堅苦しいってイメージあるけど、共通点がない相手との話のきっかけにはピッタリだよ」
圭は手元のカバンからミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと一口飲んだ。
「うーん。旅が好きって書いている人に’このゴールデンウィークはどこか行くの?’って聞くとかですか?」
「そうそう。みっくんは飲み込みが早いなぁ。相手が行ったところに自分も行ったことがあればお互いに良かったところを分かち合えるでしょ」
「逆に行ったことがなかったら?」
「だったら、どういうところが良いのか聞いてみたらいい。それで、後で自分も行ったけど良かったって話が出来たら盛り上がるじゃん」
「行くところまでやりますか?」
「相手のことが好きならそこまでやってよー」圭の口調はおねだりする子どものようだ。
「まあ、逆に相手もそこまで期待してないだろうから、やると効果は高いね。お互いに共有できるものが作れると距離感も縮まるよ」
「共有できることを作るのがポイントなんですね」
「そうそう。距離感を縮めたいなら、基本は質問系がいいよね。相手に興味を持って聞けば、会話の範囲も広がるから」
「でも、質問ばかりされても疲れちゃいますよ」蒔田が話に加わる。
「それはその人が質問することを目的化しているからだろうね」
圭が答えると御手洗が「目的化ですか……」とつぶやく。
「そう。質問すればいいと思って、それだけしちゃう。そうしたら、相手にも作業感が伝わっちゃうよ。前にいる相手を無視するって失礼なことじゃない?」圭は私たちをひとりひとり見渡す。
「相手を知ろうというところに意識を向ければ、単調な質問ばかりにはならないよ。たとえば、相手の答えに対して自分が感じたことを伝えたら話は膨らむものだよ」
「なるほど。ちなみに、話をする糸口が見つからないような時はどうしたらいいですか」御手洗が尋ねる。
「プロフィールのチェックが第一だよね。それでもわからなかったら普段のお休みに何しているのか聞いてみるのもいいんじゃない。本人は趣味だと思っていないこともあるからさ」
「最初から趣味のリストを提示して選べるようにしたら悩まないかもしれないな」新堂さんはメモを取っている。
「で、新堂さんはどうなんですか」私は新堂さんにつっこむ。
「どうって何が?」
「マッチングアプリを使った感想ですよ」
「俺はいいだろう」
「何をおっしゃってるんですか。部下には仕事をさせておきながら、自分はしてないとか良くないと思います」
「ですね」蒔田が同調する。御手洗と圭もうなずいている。
「え、俺バツイチだぞ」
「今後は熟年市場とか、再婚の恋活市場が盛り上がっていくって話もありますよ」圭が退路を塞ぐ。
「マジか。わかったよ。俺もやればいいんだろう」
何を当たり前のことを言ってるんだろう。私たちは白い目でじぃっと新堂さんを見つめる。
「じゃあ、今日の話を元に後日またミーティングな」新堂さんは逃げるように告げた。