小説「電子の海で真実の愛を見つける方法」/作:藤間丈司
怜子は運命の相手に出会えるのか。そもそも運命の相手ってどんな存在?マッチングアプリからはじまった関係に怜子は真実の愛を見つけ出せるのか?
最終章「電子の海で真実の愛は見つかるか?」
飲み会が一段落して、私たちは店の外に出た。終電にはまだまだ時間があるため、街はにぎやかだ。
「新堂さぁん、次いきましょうよぉ」そう言う御手洗はフラフラした足取りだ。
「わかった、わかった」新堂さんは御手洗の相手をしながら、私の方を向く。
「ちょっとコイツ、これ以上飲ませたらヤバいから連れて帰るわ」
新堂さんの言う通り、この感じだと帰した方が良さそうだ。
「私も結構飲んでしまったので、今日は失礼しますね」
蒔田は御手洗を新堂さんと挟んで、駅の方へ向かっていった。私たちは三人を見送る。
「ところで、怜子ちゃんワインとか好き?」
三人が見えなくなると、圭が私に言った。
「ああ、そこまで詳しい訳じゃないが」
「実はちょっと気になってるお店があるんだ。行きたいとは思ってたんだけれど、一人じゃなと思ってて。良かったら付き合ってくれない?」
終電にはまだ時間がある。圭には随分と世話になったから、少しくらいは付き合うか。
「わかった」
「ありがとう」
圭は笑顔で返事をする。無邪気に喜ぶ子どものようにみえて、かわいい。
「じゃあ、行こうか」
圭が手を差し出したので、私は思わずその手を取った。ほんのりと暖かい。手を引かれるままついていくと普通の雑居ビルにたどり着いた。
圭は先に私をエレベーターへ乗せると、操作盤の前に立ち十階のボタンを押す。エレベーターを降りると、ファンタジー世界を舞台にした作品に出てきそうな木製の扉だ。圭が開けてくれたので、中に入ってみると打ちっぱなしの壁がツタ植物で飾られている細い通路になっていた。薄暗い中を進んでいくとカウンターがあり、バーテンダーが立っている。
「いらっしゃいませ。二名様ですか」
バーテンダーの問いに圭はうなずく。
「では、よろしかったらそちらに」
バーテンダーは十席のうち、ちょうど二人分空いていた席を指し示す。席はゆったりしていて座りやすい。
「何にいたしましょうか」
こちらが落ち着いたのを見計らって声をかけてくれたのだろうが、どう答えたものだろうか。
「まずはさっぱりして軽めのものにしよっか」
圭が助け船を出してくれたので、私はそれに乗ることにした。
「わかりました」
バーテンダーは答えると、準備をはじめる。
改めて周りを見回すと薬草のような植物がいくつか飾ってある。また、見たこともないような装置が置いてあった。
バーテンダーはシェイカーを振るうと、大きな氷が入った深いワイングラスに液体を注ぐ。そして、飾ってあった花を取ると白い氷の上に置いた。その様はあたかも石の上にちょこんと乗っているかのようだ。
「どうぞ」
私はバーテンダーが差し出すグラスを受け取る。圭には長いカクテルグラスにオレンジピールを添えた透明な液体を出した。
「じゃあ、乾杯」
圭の声に合わせて、私たちは軽くグラスを鳴らす。
グラスを近づけるとハーブなのだろう。不思議と落ち着く香りがする。さらにグラスを傾け、液体が舌に触れるとスポーツドリンクのような味が口の中に広がる。この一週間の疲れが和らぐような心地だ。
「気に入った?」
「ああ」私は圭の問いに答える。
「それは良かった。こっちもいいよ」圭は手に持ったグラスを口につける。
「それにしても、怜子ちゃんの会社っていいよね」
「そうか?」
他で働いたことがないから、そう言われてもわからない。
「うん。みんな仕事をしてて楽しそうじゃん。活気もあって。世の中、出来る限り仕事したくないって人もいるけど、そういうのが全然ない」
「ふむ。そもそもモチベーション高いメンバーが集められていたっていうのもあるが……。比較的自由にやらせてくれる会社だというのはあるかもしれないな」
「でしょ。この仕事のアドバイザーを引き受ける時に社長さんと話をさせてもらった時も感じたけど、エネルギーがある会社だよね」
この会社の中でも社長は別格だが。あのリーダーが組織の雰囲気を作っているというのはあるだろう。
「だから、みんながうらやましいな」
「じゃあ、うちの会社で仕事してみるか」私の提案に圭は微笑みを返してくる。
「そういえばあの作品、今度二期目がはじまるらしいぞ」
「あの作品?」
「私たちが出会うきっかけになったヤツだ」
「ああ」
「前回、きちんと説明されていなかった部分も今回はハッキリするらしい」
「そうなんだ。じゃあ、伏線が回収されてない例のエピソードも」
「期待できそうだな」
私は好きな作品だということもあって、つい熱く語って語ってしまった。圭が笑顔でうなずいてくれるので、けっこうマニアックな話題もしてしまったような気がする。私がこんなに話がしやすいのはあとは『マコトさん』くらいだ。
「ちょっと自分が話したいことに夢中になってしまったみたいだ」
「気にしないでいいよ。話をしている怜子ちゃんは本当にいい顔してた」
「そんなこと言われたことないな。以前付き合ってた相手はこういう話をしていると退屈そうだった気がする」
「そうなんだ。オレは好きな相手が楽しく話をしているのを見るのは好きだけどな。自分が知らない話題だったら、もっと知りたいと思う。それが相手の魅力の一部でもあるだろうからね」
「そうか。私は雑談が苦手な方だが、圭が相手だと自然に言葉が出てくる気がする」
圭の’好きな相手’という単語は敢えてスルーする。
「そう言ってもらえるとうれしいねぇ。怜子ちゃんって最初は真面目って感じだけど、一緒にいる時間が長くなるに連れて徐々に魅力が出てくるタイプだよね」
「どうだろう。あまり内面を隠している自覚はないが」
「だよね。あまり感情的なタイプじゃないから、本当の姿が見えにくい感じって言ったらいいのかな。でも、内面が見えてくるともっと近付きたいって思える」
何を言ったらいいんだろうか。私が言葉を返せない中、圭は言葉を続ける。
「それにオレさ、運命の人は出会うものじゃなくて、なるものだって思うんだ」
「どういうこと?」
「最初から完璧に自分とピッタリな人を求めても、そんな都合がいい相手ってなかなかいない。仮にいたとしても、人間って変わっていくじゃん。そうすると、どうしてもズレてきちゃう」
「なるほど、そうかもしれない」
「それに’この人に出会ったら幸せになれる’って考え方だと、幸せになれるかは相手次第になっちゃうでしょ」
「そうだなぁ。私はせっかく二人で過ごすならば、お互いに協力して幸せを作っていきたい」
「流石、怜子ちゃん。そういうことなんだ、オレが言いたい運命の人になるって。最初から完成品を求めるんじゃなくて、相手を理解して協力することで良い関係を作り上げるって意識で相手と向き合う。その積み重ねで相手に会えて良かったなと思える方をオレは選びたい」
「私もその意見には賛成だ」
「でしょ。オレたちいいパートナーになれると思うんだ」
圭は私の手をにぎって、顔をのぞきこむ。
それほど長い付き合いではないが、圭とは一緒にいても疲れない。物事の関心もそれほどズレていないだろう。さっきまでの話が本心ならば、私のことを枠組みにはめないで、きちんと話し合いが出来そうだ。そもそも私のことをよく見ていてくれているように思う。考えれば、考えるほど優良物件だ。
「そうだな。私も圭との関係は心地いいものだと思ってる」
圭の顔に明かりが灯ったような気がする。
「それにこれまで出会った誰よりも良い関係を作っていけそうな気はする」
少し喉が乾いたので、空いている手でグラスを取る。そして、一口飲む。
「自分でもびっくりしてるんだ。こんな気持ちになるなんて」
私は心の中に浮かんだことをどうやったら彼に伝わるのか、ひとつひとつ言葉を吟味しながら選ぶ。
「圭と一緒に過ごすということを考えた時に、他の女性のことがちらついてしまうことが」
「えっ?」圭は目を見開く。
「私にこんな嫉妬深いところがあるだなんて、これまで気が付かなかった。もちろん、仕事だってことはわかっている。だが他の女性の影があるって思うとためらってしまう私がいる」
「そっか。でも、嫉妬してくれるってことはオレのことが嫌な訳じゃないんだね」
「当然だ。圭のことは失いたくない。だから、今のままで関係が壊れてしまうようなことをしたくないんだ」
私にこんな臆病さがあることもこれまで知らなかった。仕事だったら、何も気にしないでとりあえずやってみるだろう。でも、一度壊してしなったら永遠に失ってしまうかもしれない。そう思うと、怖い。
「そっか。実はさ、怜子ちゃんの会社の社長さんから今回の仕事で評価してもらえたみたいで、社員にならないかって誘われたんだ」
あのタヌキ親父、本当に仕事が早いな。
「怜子ちゃんたちと仕事をしていて楽しかったし、将来を考えると安定した収入源も欲しいなとは思ってたんだよね。でも、ちょっと不安もあって」
圭はどこを見る訳でもなく、あごを引く。手でもてあそんでいるグラスが氷で音を立てた。
「でも、怜子ちゃんの気持ちも聞いたから、受ける決心が固まったよ」
「え、どうして?」
「怜子ちゃんが不安を感じないように、行動で示そうかなと思って。それなら、見えるところの方がいいじゃん」
「そんなことで決めていいのか?」
「さっきも言ったけど、怜子ちゃんの会社お仕事楽しそうじゃん。もちろん社長さんがいい条件出してくれたからっていうのもあるよ」
「まったく」ため息を付きながらも、ついにやけてしまう。
「オレ、気は長い方だから。それに関係は時間をかけて作っていった方がより強いものになるって思ってるからね」
「バカだな」
「うん、バカだよ。でも、大切なものだからこそ時間をかけても惜しくないんだ」
「そうか、じゃあ勝手にしろ。とりあえず、就職祝いをしようか」
「ありがとー」
私たちはグラスを鳴らした。今日、この場から何かをはじめる合図をするかのように。
電車の中で歩いてもあまり意味がないことは知っているが、私は前の車両に進む。これじゃあ、約束の時間には間に合わない。とりあえず、『マコトさん』には遅れることを連絡しておこう。
彼から「わかりました」との返事が来たので、ひとまず席に座って落ち着く。お互い見つけやすいように今日の服装を伝えておく。
昨日、終電まで飲んでいたのが悪かった。今朝、寝ぼけ眼で時間を確認したら血の気が引いて、一気に目が覚めた。それからは朝ごはんも食べずに出掛ける準備でバタバタだ。
前からの約束とはいえ、圭からあんな話をされているのにマコトさんと会って良いのか。それを考えなかった訳ではない。
でも、私は選ばれるのではなく、自分できちんと選びたい。そのためにも、彼に会っておいた方がいい。そう思う。
やっと目的の駅に着くと、私は待ち合わせの場所に向かって走る。週末なこともあって、人は多い。その間を縫うように私は先を急ぐ。
待ち合わせの時計台だ。後ろを向いている男性がいた。服装も連絡をもらっていたものと一致する。きっと彼がマコトさんだろう。
彼は私がよく知っている人のような気がしていた。もしかしたら、それはただの思い過ごしではなかったのかもしれない。
相手の顔がわからない場所で、知らないうちに知っている人と出会い、普段は表に出していない一面を目にする。それも運命的と言っていいのだろうか。
さて、答え合わせをしよう。あとは声をかけるだけだ。
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